「ねー骸クンー僕の代わりに職員室に日誌持って行ってー」
「はあ?殴りますよ殺しますよ埋ますよ。」
「撲殺して証拠隠滅ってこと?あ、そう言えば日誌って副担任に渡すんだったよね。」
骸の長い睫毛がぴくりと動いた。
勝手に骸の携帯を分解していたスパナがそう言えば、と顔を上げた。
「この間日誌持って行ったらお茶出してくれた。」
骸はおもむろに立ち上がると携帯を分解されているのにも気付かずに教室の出入り口に向かった。
「ついでなので今日くらいなら持って行ってあげても構いませんよ。」
「何のついでだ?」
スパナが問い掛けた頃にはもう骸の姿はなかった。
「って、日誌忘れて行ってるし。」
*ザンザス教頭がぶしゃあごしゃあと言う音を立てて机の物を薙ぎ倒しながら机の上を歩いて行く。
綱吉は慌てて倒れて来た花瓶からテスト用紙を守った。
特に決まりはないのだが職員室で教員は基本机の上を土足で歩くので、特に大切な物は机の上に置かない方がいい。
机の上を歩かないのは綱吉と、同期で隣のクラスの副担任の正一くらいだ。
綱吉は正一がいてくれて本当によかったと毎日心の底から思っている。
守り切ったテスト用紙を見てほっと一息を吐いた綱吉はいつの間にか隣に現れた人影にびくうっとなった。
「あ・・・!骸くん、」
いつからそこにいたのか、骸は綱吉を無表情で見下ろしていた。
「日誌を持って来ました。」
「ありがとう!あれ?今日は白蘭クンが日直じゃなかったっけ?」
「ついでです。」
そう言って骸は日誌を差し出した、つもりだったけど、肝心の日誌を置いて来てしまったので実際は何も手に持っていない。
綱吉の目の前に差し出されたのはエアー日誌を持った手だけだった。
何てことだ。骸は無表情のまま絶望した。
けれど綱吉はぷ、と吹き出してくすくす笑うから、骸は目を見張った。
「骸くんって面白いね!優しいし。」
優しい、なんて初めて言われた。
柔らかく笑う綱吉こそが、優しいのに。
骸は胸が苦しくなった。
「ぐは・・・っ」
横面を叩き倒されて机に突っ伏した綱吉に、追い打ちを掛けるように胸倉を掴み上げてがくがく揺さぶった。
「馬鹿には見えない日誌なんですよ・・・!」
「ぐ、ぐふ、・・・そう、なの・・・」
「ワオ、六道は本当に沢田のことが嫌いだよね。」
綱吉をガクガク揺さぶっていると、たまたま机の上を通り掛かった雲雀教頭が面白そうに口角を上げた。
何てことを言うんだ。嫌いだと勘違いされるじゃないか、と骸は綱吉の胸倉を掴み上げたまま思った。
「あなたの目は飾りのようですね。」
雲雀は口角を上げたままじわりと顔を凶悪に陰らせた。
「ゴミは口を利かないものだよ。ゴミらしく黙ってなよ。」
「な、何てこと言うんです、か・・・」
胸倉を掴み上げられて息も絶え絶えな綱吉だったが、思春期の生徒に向かって言うような台詞ではないのには恐怖を感じながらも突っ込んだが雲雀の耳には届いていない。いつもだけど。
綱吉はうう、と涙目になる。
「ぐふ・・・っ」
床に捨てられた綱吉は体を床に思い切り打ちつけてから顔を上げると、机の上で雲雀がすらりと不吉に光る仕込みのトンファーを構えた。
昼寝の後だと寝惚けてたまにトンファーじゃなくて定規が出て来ることもある。
定規でも殺傷能力が衰えないのが恐ろしいところでもある。
はっとゴミ呼ばわりされた骸を見ると、いつの間にか骸の手には槍状の凶器が握られていた。
「ちょ、骸くんそれどこから出したの・・・!?」
「ボールペンです。」
「あ、ボールペンか。・・・って大き過ぎるよねぐふ、」
綱吉の顔面を踏み台に机上に体を置いた骸と雲雀の凶器が火花を散らした。
「ごふ、」
ひらりと体を捩った雲雀が綱吉の顔面を踏んで体勢を整えた。
床に吹き飛ばされながらも二人を止めようと果敢に間に入ろうとする綱吉だったが、その度に顔面を踏まれたり凶器が当たったりでまったく止めることが出来ない。
「ディーノ主任・・・!すみません、手伝って貰えませんか・・・!」
ディーノはイタリア語の新聞を片手に繊細なデザインのカップでコーヒーを飲んでいる。優雅に足を組んでいるその姿は、薔薇の咲き乱れる庭園を思わせるほど完全なアフターヌーンだった。
「存在自体無視されてる・・・!」
雲雀が足を軸にした際、机に掛かった重力で机が揺れた。
「うわあああ!テスト用紙が・・・!」
雲雀の革靴にぐっしゃあと皺を寄せたテスト用紙、ディーノは綱吉の存在自体認識していなかったが机が揺れた際に机の上のティーカップも揺れてコーヒーが微かにカップを伝った。
「おい、お前ら。」
ゆらりと立ち上がったディーノに、綱吉は目を輝かせた。しゅっと伸びた革の鞭が床を弾く。
「コーヒーが零れただろ。どう落とし前つけるんだ?」
「そこですか・・・!?」
「そんなにコーヒーが惜しいなら這い蹲って舐めたらいかがです?」
「ちょ、骸く」
「頭に付いてる金色のそれ、モップじゃないのかい?それで拭けよ。」
顔を青くして愕然とする綱吉の横でディーノがふと笑んだ。
「てめぇら口の利き方を知らねぇようだな。教えてやるぜ!」
「ごふ、」
綱吉の顔面を踏み台に机の上に上がったディーノの鞭が唸る。粉砕するように壊れた職員室の灯りに逃げ惑う生徒たち、教員は何事もないように悠然としている。
綱吉はおろおろしたが、逃げそびれた生徒たちを守らなくてはならない。
「止め、止めてください!!!!」
思い切り声を張り上げ、しんと静まり返った職員室の中で綱吉はそろりと目を開けた。
「・・・・っ!!!!」
静かに立ち昇る黒い気配を纏わせた雲雀とディーノが綱吉を見ていた。綱吉はざあと顔色を失くす。
「空気読めないの?沢田。」
「空気読めてないの俺ですか・・・!」
「俺に命令するのか?」
「滅相もないです・・・っ!!!!命令ではなくてお願いです・・・!!!」
ゆらりと近付いてくる二人に完全に顔色を失くした綱吉の前に、ふと影が落ちた。
はっとすると骸の背中がすぐそこにあって、綱吉は目を見張った。
「ミカヅキモを相手に二人がかりとは、さすがボンゴレ学園の教員ですね。」
「ミカヅキモ・・・」
綱吉は思わず単細胞生物の名前を繰り返して呟いた。
「それが望みならまずお前から潰してやるよ。」
「ゴミはゴミ箱に。」
「言葉だけだとまとも・・・!」
職員室を駆け出た骸を追ってディーノと雲雀が職員室を出て行く。綱吉はその姿を目を見張って見て、すぐにはっと我に返ると救急箱を持って後を追った。
*「骸クン!」
校舎裏の水飲み場で腕を濯いでいた骸は、綱吉の声に目を見張って顔を上げた。
見ると綱吉は息を切らして駆け寄って来て、骸の傍まで来るとしばらく呼吸を整えていた。
随分探し回ってくれていたようだ。綱吉は何も言えないでいる骸の腕を取った。
どきりと鼓動が跳ね上がる。
「ごめんね、怪我しちゃったんだね。」
泣き出しそうな顔の綱吉に、骸ははっと頬を染めてから顔を逸らした。
「・・・掠り傷です。」
綱吉はごめんねともう一度謝ってから、そこに絆創膏を貼った。
不器用なのだろう、粘着部分が傷の上に乗ったから剥がす時痛そうだけど骸はただ鼓動を抑えるのに一生懸命だった。
「・・・なぜあなたが謝るのですか?」
「さっき・・・庇ってくれたよね?ありがとう・・・」
「そういうつもりでは、」
「うん、でも勝手に言わせて。」
綱吉は泣きそうだった目を上げて骸と目をしっかり合わせてから、柔らかく笑った。
「ありがとう。」
どきどきと胸が高鳴る。
他には誰もいなくて、二人だけ。これはいい雰囲気ではないか。
ここでお茶でも誘えたら、少しは気付いて貰えるだろうか。
綱吉は照れたように微笑むから、鼓動は速まる一方だった。
「ごふ・・・っ」
恥ずかしくなって思わず綱吉の横面を張り飛ばす。
「雨水でも啜ってろ・・・!」
「なん、で・・・」
地面に突っ伏した綱吉はがくりと意識を失う。骸は頬を染めながら駆け出した。
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