放課後でも鳴り止まない爆発音を聞きながら廊下を歩いていると、スパナが不意にあ、と声を漏らした。
「そう言えば携帯返してなかったな。」
「君が持っていたのですか?失くしたと思って新しいのを買いましたが。」
「悪い。でも二台あっても不便はないだろ?」
言ってスパナが制服のポケットから出したのは、艶々とした紫色のナスだった。
骸は受け取りながら怪訝に眉根を寄せた。
「ナスですよね?」
「ナス型携帯だ。」
「柔らかいですけど。」
「リアリティを追求してるからな。味噌汁にも使える。」
「ボタンも通話口もないですが。」
「念じれば通じる。自分を信じろ、六道。」
ぽんと肩を叩かれて骸は手の中のナスをじっと見てから、耳に当てた。
「もしもし。」
スパナはがくんとその場に膝を付き、笑いを堪えるために俯いてぷるぷる震えている。
骸は眉根を寄せた。
「通じないんですけど。」
スパナは何事もなかったようにすっと立ち上がると、ぽんぽんと骸の肩を叩いた。
「念じ方がまだ足りないんだ。家で練習したらいい。」
骸は頷くとナスをポケットにしまった。
スパナがまたポケットに手を突っ込むと、ん?と首を傾げて中のものを取り出した。
しわしわになった紙を伸ばしてから、あ、と再び声を漏らした。骸が怪訝な顔で見遣る。
「ウチ、今日進路相談室に呼び出されてるっちゃ。」
「ちゃ?」
スパナは用紙の皺を更に伸ばした。
「進路希望にキングモスカって書いたら、ディーノに呼び出された。」
進路希望調査書の第一希望欄に堂々とキングモスカと書いてあり、骸は呆れて眉根を寄せた。
「そんなこと書いたら呼び出されますよ。キングモスカって、君がよく作っている下僕ですよね?」
「モスカは友達だっちゃ。」
「だっちゃ?」
廊下を曲がったところで、反対側から綱吉が歩いて来ていた。二人に気付くとにっこりと笑って駆け寄って来た。
「骸くん、スパナくん、今帰り?」
「ウチは進路指導室に呼ばれてる。」
「・・・気を付けてね。」
目の前で他の男を心配されるのは悲しい。
心配そうにスパナを見上げる綱吉を見た骸は、綱吉を殴るために拳を振り上げようとしたとき、スパナが無言でそれを手で制した。
骸がスパナを見遣ると、スパナはウチに任せろ、と言った具合に小さく頷き、ポケットから棒つきの飴を取り出した。
そのゼロコンマのやり取りに気付かなかった綱吉は、スパナの持っている濁った青の飴に目を瞬いた。
「不思議な色だね!何味なの?」
「鬼味。」
「鬼味!?!?どんな味なの!?!?」
「鬼の味。」
「や、鬼食べたことないし・・・!」
「ベーコンのような味でした。」
「な・・・っ骸くん食べたことあるの!?」
「白蘭のサンドイッチに挟まってました。鬼ケ島で狩って来たらしいです。」
「鬼ケ島・・・?どこかで聞いたことあるような・・・」
鬼トークに花を咲かせている骸と綱吉の横でスパナが飴のビニールを取ると、おもむろに綱吉の顔に付けた。
「な・・・!」
驚いて目を丸くして動きを止めた綱吉の顔に、ぺたぺたと飴を付ける。
頬やらおでこやら一通りぺたぺたした後、鼻の穴に無理矢理ぐいぐいと押し付けて、最後に唇に付けた。
表面が緩く溶けた飴にくっ付いた唇が、離れるときふるんと揺れた。
目を見張った骸の目の前に、飴が差し出された。
「やる。」
骸は目を見開いた。
不気味でしかない濁った青の飴が、綱吉の皮膚の脂で曇った瞬間に輝いて見えた。
ふるんと揺れた綱吉の唇を思い出す。
飴にそっと指を伸ばしたとき、それに気付かない綱吉は慌ててスパナから飴を取った。
「そんな意地悪しちゃ駄目だよ、スパナくん!骸クン困ってるって・・・!」
欲しいのに。
骸の指先がぴくんと引き攣り、綱吉の手から飴を奪い、投げた。
飴は窓硝子を粉砕し遥か彼方まで飛んで、お星さまになった。
欲しかった。本当はすごく凄く欲しかった。
自分の手を見て怒り心頭な状態になっている骸に、綱吉は「そうだよね、いらないよね・・・」と呟いたがすぐに「あ!」と声を上げた。
何事かと思うと、綱吉は嬉しそうに骸の前に両手を出した。
手はノートか何かを持っているような形になっており、骸はすぐにぴんときて目を見張った。
そこには何もないのにノートを持っているような形をしている、先日骸もうっかりやったエアー日誌だ。
事情を知らないスパナは「とうとうイカレたか。」と残念そうな声を出した。
「え!ち、違うよ!?ほら、これ!骸くん、これこれ!!」
一生懸命エアー日誌を差し出してくる綱吉は、下手をすると自分たちより年下に見える。
かわいい。
骸の異変に気付いたスパナは、綱吉に静かに告げた。
「逃げた方がいい。」
「へ!?」
「殺す・・・!!」
「ご、ごめん・・・!!!からかった訳じゃないんだよ・・・!!!!」
スパナは反射的に逃げる綱吉と鬼のような殺気を滲ませて追う骸を何となく目で追ってから、進路指導室へと向かった。
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